倒産で仕事を失った私を救ってくれた会社だと思ったのに...

社員が4名、パートさんが2名と小さな会社で働いていた時の話です。

転職は人任せや、成り行きはマズイと感じた出来事。

転落への序章...倒産

専門学校の卒業と同時に運良く就職が決まり、中小企業とまで言えるのか夫婦での身内経営でしたが、小さいながらも地元ではまぁまぁ上手くいってる企業でした。

 

しかし、ある日を境に
平穏な日々から一転。

 

実は私が働いていた業界は自分が入社する20年程前が全盛期。それ以降は衰退傾向に向かっていて、経営も苦しく、社長は相当疲れも溜まり見るからに体調が悪そうでした。

 

そして、
社長が倒れてしまいました。

 

社長の後継者もおらず、どうなるのかと不安な気持ちで心の中が支配されてました。

 

そして、経営がさらに悪化。
会社倒産。

転職先...最初は好印象に見える?

同業で隣のエリアを担当していた会社が業務を引き継いでくれる事になり、私はそのまま新しい会社へと転職することになりました。

 

心機一転いざ新しい会社へ!!

 

社長の奥さまが転職先との採用条件などのやり取りをしてくれ、私は最終の面談といった形ではじめて転職先の社長と話をしました。

 

今から思えばここからもう、
転落は始まっていたのです。

 

初めて会う社長はとても人当たりが良く、

 

「大変だったね。」
「うちでまた頑張ってね。」

のような言葉もかけてもらえました。

 

これは地方の個人経営の会社では稀にある事かもしれませんが、

 

雇用契約書など交わすことなく、今までの条件と同じで採用と口頭のやりとりとなりました。

 

ここで既にもう駄目な会社
当時若かった私はそこまで気にしていませんでした。

 

慣れないなりにも入社してから早く雰囲気に慣れようと手探りで業務をこなしていきました。

 

新しい会社も同じく親族経営で、以前の会社より少し規模が大きく親族も会長、奥さん、長男が社長、社長の奥さん、そして私の職種は技術職なのですが、、、

 

私の直接の上司となる人間。
社長の弟。

 

コイツが厄介者。

マジでヤバイ!経営者の使えない親族

この上司に今後私はかなり悩まされるのです。

 

年齢はわたしより20以上は年上。
大学、専門学校と卒業後地元に戻り仕事を始めたそうです。

 

技術は確かなものでしたが、
社会経験を持たず親元に帰ったこの男。

 

わがままヤリたい放題。
理不尽な都合でスケジュール変更。

 

親族達も技術職は私ともう一人長年勤めておられる女性が居ましたが、まとめていくポジションは彼しかいないので何も口を出さないようでした。

 

見かねた社長から一度だけ弟がすまないと謝罪を受けた事はありましたが、社長から上司に何か言われる事はありませんでした。

給料減額...マジ辞めたい

慌ただしく一年が過ぎ、以前の会社では毎年微々たる額でしたが昇給の時期でした。
さて雇用条件は引き継がれているので楽しみだなと思っていたところ、

 

何と
減額!減額!
ボーナス無し!

 

入社の際に既に少し増額されていたのでその分でこの一年分だったのか?と社長にも聞かないままスルーしました。まあ、来年上がってなかったら聞こうと。

 

ここでも今となっては当時の私を叱責したいです。

連休は取らせない!!奇妙な社内ルール

私はプライベートで旅行に出掛けようと計画を立てました。月の休暇は日曜祝日と月に2日好きな日に、といったものでした。少ないですよね。

 

会社にその2日間と有給を合わせて休暇を願い出たところ、

 

うちは連休を取らない方針だ!

 

一瞬理解が追いつかず言葉に詰まりました。
一旦持ち帰り、そういえばこの一年休暇を取って旅行に行った人の話なんて聞かなかったなと思いました。

 

私の仕事は基本私が取引先に出向き2時間程で作業が終わるので、連休を取ったところで誰に迷惑が掛かるわけでもないのになと感じました。

 

なんだこの会社は…

とここで初めて疑問を持つのでした。
結局旅行はお盆休みに行きましたが、旅費は高額になってしまいました。

 

数年後私は結婚とともに退職するのですが、その際有給休暇の消化も提案したところ、有給休暇自体社内に存在しなかったのです。そんな株式会社ありますか?

 

さすがに社長もヤバイと感じたのか、他の社員には口外しないもいう条件のもと買取という形で精算されました。

 

倒産から無職になるところを拾ってくれた会社でしたがモヤッとする事が満載でした。あの会社の社員さん達はちゃんと契約し直すべきです。

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